岡崎久彦「戦略的思考とは何か」

ビジネスで使えるような一般的な意味での戦略的思考を学びたくて買ったのだが、軍事的な戦略の話だった。

本来読みたかったカテゴリーとは違っていたものの、著者の教養と知識の深さが魅力的過ぎて、一気に読んでしまった。

 

本著の、日本は防衛戦略を考える上で、客観的な国際状況をもとにあるべき姿を検討すべきところ、古来より異民族に侵略されたことが少ないため、国防に関する危機感が乏しく、リアリティに欠ける議論しかできないという指摘は、本当にそのとおりだと思う。

 

また、アングロ・サクソンプロイセンの比較が非常に示唆に富む話だった。

戦略重視のアングロ・サクソン国家は、情報収集をして勝てるかどうか見極めてから戦うのに対し、任務遂行型のプロイセンは与えられたリソースで与えられた任務を如何にこなすかが重視される。

日本はどちらかと言えばプロイセン型で、戦略と情報の軽視が弱みである。

ただ、アングロ・サクソンと組んでいる時は、例えば日英同盟の時代などは、アングロ・サクソンが質の良い情報を与えて日本の弱みを上手く埋めてくれてるので、いつも上手く行くらしい。

日露戦争でも、イギリスが常にバルチック艦隊の動向を日本に連携してくれたから、対馬海峡を通るという推測が立ち、待ち伏せが成功して、日本海海戦で勝てたのである。

 

プロイセンアングロ・サクソンの違いは組織体制にも現れている。

プロイセンは作戦優位で、作戦>情報>兵站の順番に将校の位が下がっていく。

まず優秀な作戦参謀が作戦を立て、それに合わせて情報収集や兵站が考えられるのである。

一方で、アングロ・サクソンの場合は情報収集優位で、情報>兵站>作戦順番に将校の位が下がる。

作戦参謀がいくら素晴らしい作戦を立案しても、兵站と情報の観点で無理のある作戦なら、上司のレビューで弾かれる訳だ。

ジェームズボンドなど、スパイがスターとして扱われる映画が人気なのも、イギリスでは諜報員の位が高く、尊敬されてるからだろう。

このような情報優位の組織では、ナポレオンやヒトラーなど、奇抜な作戦を用いて短期間で領土を拡大する「天才」は現れないが、戦い方はいつも無難で無理のない、勝てる作戦しか承認されないので、長期戦では「負けない」のである。

 

 

さて、これは、自分の経験からくる推測だが、作戦を立ててから情報を集めたり兵站を考えたりするのは、自分達に都合よく情報の辻褄合わせをするだけになってしまうような気がする。

怖い上司が「やれ!」と命じた作戦について「よく調べたら実現不可能でしたw」なんて報告は出世に響くので普通は出来ない。

そして意味不明な作戦に意味不明なまま突撃して、大損害を出し、「なんで上手く行かないんだ!」と怒られるわけである。

 

この話をビジネスに置き換えて考えてみる。

たとえば、最先端のテクノロジー()とグローバルな知見()を活用した素敵な提案書を作ったとする。

社内レビューでは、誤字脱字や図の見やすさなど枝葉末節だけがチェックされて、そもそものクライアントが抱えている課題やクライアントの本当のニーズは何なのか、社内に適切なメンバーがいるのか、その最先端のテクノロジー()は日本でちゃんと使えるのか、のような「情報」の観点からのレビューがなかったとしたら…どんなに格好いい提案でも実現不可能なのである。

実現不可能な提案書を作るために使った時間と労力は無駄になってしまうし、仮に間違ってその提案が通ってしまったら、もっと恐ろしいことになる。

適性のないメンバーが、クライアントの課題解決にならない何の意味のないタスクを、延々とやり続けることになるのだ…

これは全員にとって不幸なことである。

 

日本人には戦略的思考が欠けているというのはよく言われていることだが、戦略が無ければ勝てるはずがない。

そして、質の良い情報が無ければ良い戦略なんて立てられるはずがないのだ。

 

勝ちにこだわるには、ゲーム自体を頑張ることよりも、勝てるゲームを、ゲームを始めるに「前に」選ぶことが重要である。

そして勝てるゲームを選ぶには、情報収集と分析=諜報(インテリジェンス)が必要である。

これが、「戦略的思考とは何か」という問いの答えだと思う。